日本陸軍の戦闘有効性 2010.06.14 (月)
以下は、日本陸軍の戦闘能力II「ここはお国の何百里」スレによる。
行などは調整したが、最小限にとどめた。




776 名前: 第一総軍 投稿日: 02/03/06 23:49
恐らく太平洋戦争で米軍相手に浸透戦術が通用しなかったのは兵力密度の問題も有るのではないかと思います。太平洋での陸戦は一般に規模が小さいのですが、各島の防衛を担った日本軍は1個師団~2.5個師団、アメリカ軍はその2~3倍。狭い戦場にこれだけの部隊がひしめき合っていると戦線の薄い部分はかなり限られてしまうのではないかと考えています。この為、折角第一線の抵抗拠点を迂回してもその後ろには又別の抵抗拠点が有るだけで劇的な突破には至らなかったのではないかと。
 
又、ドイツの浸透戦術においては、迂回した抵抗拠点は後続部隊に処理させていたと思いますが、大抵の場合戦力的に著しい劣勢にあった日本軍には、強力な抵抗拠点を処理出来るほどの後続部隊も無かったのかもしれません。加えて、本来遮断又は破壊すべき敵の「後方」も、上陸した敵にとっては比較的近くに有る橋頭堡ですから遮断されずらいでしょうし、仮に一時的に遮断されたとしても距離が近い分孤立感も少なかったのかもしれません。
 
本来、上陸した敵の破壊すべき後方とは海上輸送路であり、海軍が敗北して上陸を許した以上、米軍を「遮断」「孤立」させる方法は既に失われていたといえるでしょう。これらの事情によって太平洋での浸透戦術は単に「戦術」の枠内に留まってしまい、本来期待された一種の電撃戦には結びつかなかったのだと思います。


ビルマの英軍相手の場合は多少事情が変わってきます。

ビルマはかなり広大な面積を持つ国で、そこに投入された兵力は最盛期でも日本軍10個師団、英印軍20個師団、その他中国軍程度であり、兵力密度は太平洋の島々とは比較にならない位低いものでした。実際、ここビルマでは日本軍は浸透、包囲自体はしばしば成功させています。ここが太平洋での戦いと大きく異なる点です。
 
よく知られている通り、戦争初期には包囲された英軍は混乱して敗走し浸透戦術が電撃戦として効果を発揮しましたが、戦争末期になると強力な円筒陣地を形成し空中補給によって持ちこたえた為包囲した日本軍の方が先に消耗してしまう結果となりました。しかし、これは圧倒的な制空権と大量の輸送機が有って初めて出来ることで、この大量の輸送機を賄う為に英軍も苦しいやりくりを強いられたのも事実で、一部では英軍を押し戻しています。その意味ではここビルマでは浸透戦術も一定の役割は果たせたのではないかと考えます。
 
仮に浸透戦術を執らずにこの英軍を正面攻撃したとしても、あの戦力比では恐らく攻略不能だったでしょう。

 

778 名前: 名無し三等兵 投稿日: 02/03/07 01:18
>>776
なるほど。

付け加えれば火力と機動力の差もあるのではないですかね。平地に出れば確実に抹殺されていますから。太平洋戦線でも、レイテやルソンのような大島では、高地帯で持ちこたえるしか手がなかったわけですし。

戦術・兵器で一時代遅れたツケは、前線の兵士たちが支払わねばならなかったわけですね・・・。



780 名前: ばばぼん♪ 投稿日: 02/03/07 22:02
対米戦で浸透戦術をうまく発揮できなかったことの理由に、

1.「アメリカ軍自体が日本軍の戦術を研究していたこと」
2.「多くの場合、前線の日本軍は物資の不足により戦力が低下していたこと」

もあげられると思います。

前者「1.アメリカ軍自体が日本軍の戦術を研究していた」はとりあえず、「a.夜間浸透の防止」「b.浸透を許した際の対策」の二つに分けます。

「a.夜間浸透の防止」は、「日本軍が浸透してきそうな箇所を重点的に警戒する(沖縄戦での照明弾大量使用等)」「阻止砲撃で日本軍の移動・集中を妨害する(ガダルカナル戦等)」などがあげられると思います。
# ()内であげた例はかなり極端な例ですので、あまり気にしないように(^^;;;

「b.浸透を許した際の対策」は、「日本軍が自軍陣地に接近してきても、障害物等を活用して移動を妨げ、火力を集中することで突入を防止する」「部隊が孤立しても容易に支援を要請できるよう、小部隊にも無線を配備する」等があると思います。

後者の「2.多くの場合、日本軍が物資の不足により戦力が低下していた」は、部隊が全力を発揮できる状態ではなかったであろうことを指します(銃剣が役にたつのは最後の最後ですし、武器弾薬以外の食料等がないと、体力・持久力の低下は避けようがありません)。

これ以外にも、日本軍を確認次第、昼のうちに可能な限りの損害を与えておくことはいうまでもありません。



781 名前: ばばぼん♪ 投稿日: 02/03/07 22:04
そもそもドイツ陸軍の浸透戦術は、
  
1.戦線の「穴」から足の速い部隊が侵入し、
2.敵拠点を自軍の後方からの火力支援を受けつつ制圧し(敵の前面の部隊は攻撃を受ける)、
3.敵の後方を攻撃する
4.戦果を拡大するため、後続の部隊が前進する

というものであったのに対し日本軍のそれは、
  
1.(特に夜間)戦線の「穴」から部隊が侵入し、
2.敵に覚られぬよう迂回し(この段階でも敵部隊はほぼ健在)、
3.敵陣に部隊を「流し込む」 or 敵の後方との連絡を遮断する
4.敵が壊走する(それを前提とする)

という傾向の強いものだったのではないでしょうか。


戦意の低い、あるいは容易に増援等を得られない敵に対しては有効でしょうが、それを察知し、待ちかまえている相手に対してはどうでしょう。浸透して包囲したはずの敵がパニックを起こして手をあげるどころか、鉄条網を張り巡らした陣地で自動火器で待ち受けていたら。

敵陣周辺までたどり着いた日本軍は有効な火力を発揮できず、重機や擲弾筒で、残弾を気にしながらの支援の下での敵陣内進入は難しかったでは、と思うのです。しかも、「浸透に成功する」ということは「敵中に突出している」状態なわけですから、早期に敵陣に突入するなり移動するなりしないと、反撃を受ける可能性があります。いずれにしろ、大規模な火力支援が必要となります。

もっとも、「日本軍が浸透した部隊に対して容易に後方から火力支援をできるような軍隊だったら、混乱しやすく自軍の損害も多い夜間浸透なんか滅多にやらなかったであろう」というオチがつくのですが(+_+)



782 名前: ばばぼん♪ 投稿日: 02/03/07 22:19
上の最後の二行は個人的な感想です。

つ~か、日露やその後の第一次大戦のような大規模消耗戦(火力戦)に国力や生産が追いつかないだろうから、歩兵中心の夜間浸透をやろう、ということになったのではなかったかと記憶しているのですが。





ぼくのかんがえた米英軍撃退法

1.夜間攻撃
2.敵陣地に対する手榴弾投擲の反復
3.まな板戦法+反射面陣地
4.必勝の信念からなる斬り込み

1.は史実において大戦後期になると大体失敗してる。
2.は『ガダルカナル島戦の核心を探る』より。たしか朝鮮戦争の中共軍も同様のことをしてたはず。
3.イラワジ会戦中のスレゴン陣地戦、あるいは沖縄戦など。
4.別名「食料の獲得」。日本側戦史は「相当な戦果を上げた」と自画自賛するが、胡散臭い。
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