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ガリポリ戦でのオスマン砲兵


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ガリポリ戦でよく掲載される写真、ドイツ及びオスマン士官が写っている


●総説
オスマン陸軍は19世紀後半よりドイツ式軍隊を目指しており、軍装及び火器もドイツの影響が色濃い。

●ユニフォーム
1909年、これまでのダークブルーの制服よりカーキ色(深緑色?)の軍服が導入されている。ただし、士官用のフルドレスユニフォームとして残っていたり、開戦後の被服不足から少なからずの兵が使用したりしている。
オスマン兵のトレードマークであった赤いトルコ帽はkabalakに変更されている。士官は羊皮のkalpakを被っていたが、実戦時にはlabalakを着用していた。

●個人装備


●火器
ほとんどがドイツ製あるいはドイツ式である。

・小銃
7,65mmマウザーライフル M1890
7,65mmマウザーライフル M1903
7,65mmマウザー M1905(騎銃)

・機関銃
初期は雑多であったが年を経るごとにドイツ製が多くなっていったと思われる。

・火砲
ほとんどがクルップ製である。
75mmクルップ砲(1896年式)
75mm速射クルップ砲(1904年式)
あるいはフランス製のシュナイダーなど。
各種重砲もあるが不足していたため、ドイツやオーストリアに砲兵部隊を派遣してもらっている。

オスマン軍の装備品はいつでも不足していたため、バルカン戦争や大戦中の鹵獲品も積極的に使われている。

●士気
メソポタミアでオスマン軍と戦った英タウンゼント将軍はオスマン兵をこう評している。
「防御においてはオスマン兵ほど強い兵はヨーロッパにはいない。私はこの点についてオスマン兵を裏書きするものである。ドイツ兵が防御において最も強いことは誰しも知るところではあるが、かのガリポリ作戦の時さすがに強いドイツ兵もイギリス軍の砲撃に耐えかねて、オスマン兵がこれに交代していったことがある。」

イギリス軍の作成したオスマン軍ハンドブックも防御におけるオスマン兵の我慢強さを称賛しているが、同時に攻撃における動作の緩慢さも指摘している。実際、攻撃に出たオスマン軍はよく失敗している。小部隊指揮を任せられる経験豊富な下士官が不足していたことも一因にあるかもしれない。

●参考
Erickson, Edward, Ottoman Army Effectiveness in World War I: A Comparative Study
Nicolle, David,Ottoman infantryman 1914-18
Nicolle, David,The Ottoman Army 1914-18
Vachkov, Alexander,The Balkan War 1912-1913

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