どうやら第2次ヨルダン戦の後にAbu Tellulの戦いがあったよう。小規模戦闘なのでエリクソン氏は記述してないみたい。





「すべては全く静かで平和な夜だった…砲兵が火線を前方に噴出した4時30分までは」
帝国支援騎兵旅団の旅団副官だったチャールズ・ハービーはこう回想している。

午前4時30分、恐ろしい轟音が唸った。イギリス砲兵はオスマン軍陣地に1分間に千発以上の砲弾を浴びせかけた。オスマン砲兵は即座に反撃したが、イギリス砲兵の強烈で正確無比な砲撃の前にはかなり見劣りしたものとなった。

イギリス砲兵は弾幕をオスマン軍第2線陣地に移し、これに応じて第21軍団歩兵は第1線陣地に殺到した。早々に第1線陣地を奪取した後、イギリス野砲兵は前方に進出、騎砲兵は騎兵部隊の前進のために準備した。重砲兵は砲撃を続け、広範囲に渡って射弾幕を降らせた。

イギリス空軍およびオーストラリア航空団はオスマン軍司令部、通信施設を爆撃。さらに地上部隊の襲撃も行った。

突破正面のオスマン第22軍団は壊滅、軍集団予備として配置されていた第46師団および第2カフカス騎兵師団も戦闘に巻き込まれて苦戦した。





「我が東翼に向かいし敵の反撃は打破せられ、該方面に攻撃せし露第1軍の部隊は壊乱せり。……中略……我が東翼には危険今や存せず」
マッケンゼン、ドイツ最高統帥部への報告(ロッズ戦終局に際して)

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