カイザーシュラハト 2009.11.22 (日)
フランス軍の情報見積もり
「ドイツ軍は奇襲を最も確実にするため攻撃点を数日行程以内の点にし、諸攻撃師団を集結して急速な近接行進の後これを攻撃正面に導くであろう。
第1日は突然猛烈な砲撃を実施し、かつ多大な毒ガスを使用して終日終夜砲撃を実施する。第2日未明、敵歩兵は攻撃前進を開始し、第1陣地を占領する。第3日、敵はフランス第2陣地の攻撃を準備するためこの日は運動を起こさず、砲撃もまた猛烈でない。第4日未明より第2陣地に対する砲撃を実施し、午後2時より歩兵は攻撃前進を実施する。」
(『世界大戦の戦術的観察 第4巻』pp.29-30)


フランス軍防御陣地は以下の通り。

………
第1陣地(第1線師団)
第2陣地(第1線師団)
第3陣地(第1線師団)

…(第3陣地まで)一日行程内…

第2線師団の線(軍予備)[任務、会戦あるやとっさに増加する]

…(第3陣地まで)自動車の一日行程内(約60キロ)…

第3線師団の線(軍予備)[任務、前方諸師団を支援し、決戦陣地を占領し、または予備となる]

第4線師団の線(総軍予備または軍集団司令官の予備)[教育休養作業などに従事]
………

第3陣地から第4線師団の線までの線は鉄道輸送実施に便利なよう配置する。軍司令官は第2陣地において第2、第3線師団を使用し、極力敵の攻撃を阻止する。しかし総軍予備の到着遅れ、総軍予備を全部集結して使用し難いときは、要すればさらに後方の線によって総軍予備を整然と使用して決戦を企図する。
(『世界大戦の戦術的観察 第4巻』pp.32-33)


1918年3月、イギリス縦深防御
サン・カンタンの反対側のゴフ将軍の第5軍は、1917-18年の冬を通してあまりにも広がりすぎ、人員不足だった。ドイツ流の方法(イープルのようなしなやかな縦深防御)を手本として試した。理論上では、前哨陣地、主戦闘陣地、予備・後衛戦闘陣地…云々。しかし不幸なことに、この野心的な計画を完遂する前にドイツ軍は攻撃に出た。前哨線のみに要員が配置されていた。多くの場合この線に人員を割きすぎていた。だが一方、主陣地と予備陣地は戦闘に使うにはかなりの準備不足だった。これは、前線陣地(front position)の背後にドイツ先鋒が浸透するのを許した。」

だめだ…英語から日本語に変換できない…

朝の濃い霧はドイツに利した。これは歩兵の前進を隠し、もっと重要なことにイギリス前線陣地から発射される緊急救援ロケット(SOS rockets こんなものがあったのか。信号弾のようなものか。おそらく無線不備のためだろう)を砲兵が見るのを妨げた。対照的に(イギリス防御の全縦深に達する)ドイツ軍の猛烈な砲撃は立ちすくませるような効果的なものだった。
(『Fortifications of the Western Front 1914-18』p.54)
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