スポンサー広告 --.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ミリタリー | 趣味・実用 | 中東戦線 2015.05.21 (木)
ペルシャ方面。ヤークプ・シェヴキ・パシャの第9軍は6コ師団を擁し、ペルシャへ進攻してタブリーズを占領する任務を有していた。6月のおわりまでに2コ師団が転出。第9軍は6月18日ディリマンを占領、さらにエレヴァンをバイパスしてナヒチェヴァンを7月19日奪取した。8月23日、ついにタブリーズを占領、しかしイギリス軍が北上してきたために攻勢をとめて対陣状態となった。そしてそのままオスマン軍はペルシャ北部を占領して終戦をむかえた。

バクー方面。7月31日、オスマン軍はバクーに対し攻撃をかけたが、8月2日には頓挫した。8月5日に二度目の突撃をかけたがこれも失敗した。イスラーム軍司令官はこの失敗を、よく組織された防禦と自軍の兵が疲れているからと見た。三度目の攻撃を準備するあいだ、イギリス軍がバクーに3コ歩兵大隊の増援を送ってきていた。オスマン軍はこれに焦り、2コ師団をもって攻撃をかけることに決した。

二度目の攻撃を受けたあと、バクーでは赤軍部隊が街の放棄を決定して離れていった。バクーの戦力は3,000まで低下。さらにイギリスに援助されていたビチェラコフ率いるコサックも――イスラーム軍の前進を妨害していた――無断で北方に退避した。民衆はイギリス軍が上陸してきたとき20,000-30,000の兵が救援にきたのだと騒いだが、さっき書いたとおりたった3コ大隊しかきていない。しかしブルジョワと穏健派に支援されたアルメニア軍は固守を決意していた。

9月14日、イスラーム軍は三度目の攻撃をかけた。持ちこたえられそうにないと察したイギリス軍はバクーから撤退し、バクーのアゼリー人、コサック、アルメニア難民のあいだで騒乱となった。夜を通してオスマン軍は防御線ののこりを掃討していたが、このあいだにバクーでは放火、略奪、虐殺が起きた。朝には、アゼルバイジャン人が8,988名ものアルメニア人を虐殺していた(3月バクーでボルシェビキとアルメニア人は、約12,000名ものアゼルバイジャン人ムスリムを虐殺していた)。

オスマン軍は9月15日街を占領した。入城したオスマン兵は内輪揉めで虐殺されたアルメニア人に驚きを隠せなかったが、エルズルム県のトルコ人虐殺の天罰が下ったのだと多くの者は同情しなかった。

バクーを占領したイスラーム軍は第15師団を北上させ、11月8日にはペトロフスクを占領した。ここで休戦条約締結によりカフカースのオスマン軍作戦は終了した。





1918年カフカース戦役において、7割がアナトリアトルコ人からなるオスマン軍とキリスト教徒たち(グルジア人、アルメニア人、ギリシャ人)は、はげしい憎悪を募らせて戦った。トルコ軍参謀総長お墨付きのOrdered to die.はオスマン軍の記録を引いてキリスト教徒の蛮行を強調するが、ムスリムのバラバラ死体を見たオスマン兵がつぎにアルメニア人を見たときどうしたであろうか想像にかたくない。第一次大戦に関する150万もの文書がトルコ参謀本部によって保管されているがその大部分、とくに政治的・軍事的に刺激のつよいものは現在でも閲覧困難である。

朝鮮戦争の英雄、白善燁将軍は対ゲリラ戦について「とにかく民弊を阻止することだ」と語っている。民と親しくしゲリラを入り込めないようにすれば、"人民の海"から投げだされたゲリラは自ずから枯れてしまうというのだ。しかし言うは易しで、成功させるのはむずかしい。イラク戦争でもアメリカ軍は失敗した。成功例と言われるイギリス軍のマライ共産党撲滅も「明確な戦略方針はなくただ運が良かっただけ」とさえ言われている。

これに対し、オスマン軍によるアルメニア治安戦は無慈悲な解決例を示している。"人民の海"を枯らしてしまえばゲリラが生まれることもないのだ。冷酷な戦争文化と断固たる決意と必要な手段さえもっていれば、この方法も可能だろう。しかし、アルメニア人がこのことを心から憎んだこともまた確かなことである。

ヒトラーは「アルメニアのことなどだれが覚えていようか」と演説した。しかしアゼルバイジャンに対するアルメニアの蛮行が取り上げられることはほとんどないが、逆にオスマン帝国によるアルメニア人虐殺は今日でも重要な国際政治問題である。



対ゲリラ戦―アメリカはなぜ負けたか対ゲリラ戦―アメリカはなぜ負けたか
(1993/03)
白 善〓@57F6

商品詳細を見る


Ordered to Die: A History of the Ottoman Army in the First World War (Contributions in Military Studies)Ordered to Die: A History of the Ottoman Army in the First World War (Contributions in Military Studies)
(2000/11/30)
Edward J. Erickson

商品詳細を見る


Caucasian Battlefields: A History of the Wars on the Turco-Caucasian Border 1828–1921 (Cambridge Library Collection - Naval and Military History)Caucasian Battlefields: A History of the Wars on the Turco-Caucasian Border 1828–1921 (Cambridge Library Collection - Naval and Military History)
(2011/02/17)
William Edward David Allen、Paul Muratoff 他

商品詳細を見る
Secret

TrackBackURL
→http://hikasuke333.blog113.fc2.com/tb.php/335-35fa7c5f

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。