ミリタリー | 趣味・実用 | 戦術 2014.12.28 (日)
アメリカ機甲師団は1942年型と1943年型に大別され、42年型は2コ戦車連隊と1コ機甲歩兵連隊、43年型は3コ戦車大隊と3コ機甲歩兵大隊だった。

主に神出鬼没のドイツ軍個人対戦車火器に対し不安を感じる戦車兵はシャーマンの車体に土嚢を積んだが、意味がなく機動性を減らすだけとも言われた。それでも広まっていき、いくつかの部隊では組織的にされた。例外的にパットンの第3軍では禁止された。

フューリーの新兵だけどほんとに訓練未熟な補充兵が送られてたらしい。

アメリカ軍とドイツ軍の戦車戦はあまり生起しておらず、しかも半分以上が中隊、小隊以下であった。ドイツ戦車部隊は1944年夏以降、加速的に練度が低下していた。ドイツ軍のSchrammは後にこう語っている、「アルデンヌ攻勢で空だけでなく機甲部隊でも敵が優越していることが明らかとなった」

機甲軍で集成せずに戦ってるけど全部自動車化部隊だから悪いとも言えないのか。

ただ機甲部隊の運用を理解しない軍団長、軍司令官が多かったとも(たいてい歩兵科

Organization, Equipment, and Tactical Employment of the Armored Divisions(PDF)
Secret

TrackBackURL
→http://hikasuke333.blog113.fc2.com/tb.php/326-60e8f555