ミリタリー | 趣味・実用 | 中東戦線 2014.04.25 (金)
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フランス軍によるクムカレ上陸はインテペ砲台の火力とアジア側オスマン軍の兵力を該方面に牽制し、ヘレスの英軍主力部隊の上陸を容易にさせることにあった。

仏ルーエル大佐ひきいる第6植民地連隊は護衛艦隊に守られながら24日21時マイドスを出発した。25日5時45分、艦隊は攻撃開始。6時20分、第1回上陸部隊の6コ中隊1,400は上陸を開始したが、上陸作業の予習不十分であったため行動は遅れに遅れ、3時間もあとになってやっとボートが発進した。

10時よりボート群の曳索を放ち、オスマン軍の射撃を受けながらも順次上陸を果たした。最先頭のセネガル歩兵中隊は10時30分村落を通過し、その東北端の墓地でオスマン軍の陣地とぶつかった。上陸点は確保され、12時からの第2回上陸を開始し、17時には予定の部隊がすべて上陸完了した。

クムカレにはオスマン軍の第3師団第31連隊の第6中隊が守備していた。敵軍上陸するや第3師団の第39連隊が反撃にうごき、村落を奪還せんと夜襲も交えて何度も攻撃をおこなった。攻撃は多大なる損害をともなってすべて失敗。フランス軍にはなお前進の余裕があったが、ヘレス岬の伸展とともに26/27日夜間に予定どおり撤退した。

第3師団の損害は1,753、フランス軍の損害は778という。
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