ドイツ突撃部隊 2009.03.06 (金)
1917年4月フランス軍はニベル攻勢を行いましたが、これは大失敗。5月下旬までにまでに若干の土地を占領したのみというさんさんたる結果に終りました。この後ドイツ軍は順次回復攻撃を行い、1917年7月31日ドイツ歩兵第13師団のシェマンデダーム近辺セルニー高地のフランス軍陣地への攻撃はこれの一環でありました。この攻撃はリガやカポレットでのドイツ軍戦術と似たところが多分にあります。短時間の砲撃による敵部隊の驚駭、敵の配置弱点に対する突撃隊の集中、敵部隊の一部を包囲するために弱点へ縦深突破する――フランスにいた日本軍観戦武官は興味を持ったのか欧州戦争叢書に収録されることと相成りました。ただしドイツ軍捕虜の証言と押収書類などを基礎とするフランス軍総司令部情報の抜粋であるので、多少正確さにかける部分もあるかもしれないとのお断りがあります。
なお、ドイツ第13歩兵師団の突撃隊というのは中隊から志願した兵で臨時に構成されるもので、オフィシャルな突撃部隊であるローア突撃大隊とか第3突撃猟兵大隊とかとは違います。

ドイツ第13歩兵師団
この師団は第13歩兵連隊、第15歩兵連隊、第55歩兵連隊より成っていました。攻撃を担当したのは13歩兵連隊と第15歩兵連隊で、第55歩兵連隊は攻撃地帯の左翼で守備を継続していました。
・・・ドイツ軍の部隊史みたいなのほしいんですが、大戦中にフランス軍が編纂したものをアメリカ軍が翻訳した見当たらないし。個人出版だとそれらしいのがあるんですが、英語でメールなんか書けません><

砲兵の動作
迫撃砲の数を著しく増加し、これを砲兵の根幹としました。師団の野砲や重砲は陣地変換することなく攻撃に参加します。
砲兵諸隊は攻撃に先立ちあらかじめ周到な試射を行い、27日と28日はフランス軍陣地中、重要な防御設備に対しきわめて緩余な破壊射撃を行います。そして真に猛烈な準備射撃は31日午後0時55分~午後1時までのわずか5分間だけにし、これをもって急襲的効果を最大限に発揚しようと努めました。これはいくら砲弾を叩き込んでも守備隊を殲滅することはできず、逆に地面がぼこぼこになって進撃速度は遅くなるし守備隊はその漏斗孔によって頑強に戦うし一時的なショック効果もなくなってしまうという、これまでの西部戦線の戦訓によるものです。
なお砲兵が突撃を開始すれば砲兵は逐次射程を延伸し歩兵の動作に協力することとなっていました。これ移動弾幕ですね。なぜか移動弾幕射撃という言葉、燃える!w



やっぱりお酒が入ってるとノリが違うぜ!w
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