ミリタリー | 趣味・実用 | 雑談 2011.01.29 (土)
この記事は『日露戦争の軍事史的研究』より のトラックバックです。



・戦闘における月毎の砲兵弾薬

1866年、普墺戦争(ドイツ軍) 2万発
1870年、普仏戦争(ドイツ軍) 8.1万発
1904年、日露戦争(ロシア軍) 8.7万発
1912年、第1次バルカン戦争(ブルガリア軍) 25.4万発
1914年、第1次世界大戦(フランス軍) 90万発
1916年、同上 450万発
1918年、同上(ドイツ軍) 800万発

Steel wind, p.8のTable2.1より

1910年代からひどいことになっている。



・第1次大戦での準備射撃の比較

1915年
ドイツ軍
Gorlice-Tarnow(ゴルリッツ) 4時間
Pzansysz 5時間半
連合軍
Neuve Chappele 30分
Artois 6日
Champagne 3日
Loos 4日

1916年
ドイツ軍
Verdun(ヴェルダン)10時間
Lake Nartoch 5時間
Korynica 5時間半
Witonitz 5時間20分
連合軍
Somme(ソンム) 7日
Verdun(ヴェルダン) 4日

1917年
ドイツ軍
Toboloy 5時間40分
East Galicia(東ガリツィア、ケレンスキー攻勢での反撃戦?) 7時間
Riga(リガ) 5時間10分
Jakobstadt 5時間
連合軍
Arras(アラス) 5日
Aisne(エーヌ) 7日
Messines(メッシーネ) 12日
Passchendaele(パッシェンデーレ) 18日
Malmaison(マルメーゾン) 6日
Cambrai(カンブレー) 砲撃なし、戦車による突撃

1918年
ドイツ軍
St. Quentin(サン・カンタン、第1次攻勢) 5時間
Lys(リース、第2次攻勢) 4時間半
Chemin des Dames(第3次攻勢?) 2時間40分
Noyon(第4次攻勢?) 2時間45分
Champagne-Marne(シャンパーニュ・マルヌ、第5次攻勢あるいは第2次マルヌ会戦のことか) 2時間40分
連合軍
Vaux(ヴォー) 24時間
Chateau Thierry(シャトーチェリー) 1時間半
Amiens(アミアン) 4時間
St. Mihiel(サン・ミゲル) 4時間
Meuse-Argonne(ミューズ・アラゴンヌ) 3時間

Steel wind, p.111のTable7.1より

ドイツ軍は長くても1日を超えない。連合軍は途中かなり長くなるが撲滅をあきらめて制圧へ。



・1917年12月における英仏軍担任正面、各1マイル(哩)上に配置された銃数

フランス軍 3225
イギリス軍 2718

『西方戦場ニ於ケル作戦』p.53より、同著の註に英デワー『ヘーグ元帥の統帥』より引用したとある



・小銃および火砲による死傷比率

クリミア戦争(フランス軍)
小銃弾(小銃および機関銃) 54%
砲弾および爆弾 43%
その他 3%

普仏戦争(フランス軍)
小銃弾(小銃および機関銃) 70%
砲弾および爆弾 25%
その他 5%

普仏戦争(ドイツ軍)
小銃弾(小銃および機関銃) 90%
砲弾および爆弾 9%
その他 1%

日露戦争(日本軍)
小銃弾(小銃および機関銃) 85%
砲弾および爆弾 8.5%
その他 6.5%

日露戦争(ロシア軍)
小銃弾(小銃および機関銃) 86%
砲弾および爆弾 14%

1914年(以下、すべて仏軍か?)
小銃弾(小銃および機関銃) 23%
砲弾および爆弾 75%
その他 2%

1917年4月エーヌ・シャンパーニュ戦
小銃弾(小銃および機関銃) 21.4%
砲弾および爆弾 73.5%
その他 5.5%

1917年7月フランドル戦
小銃弾(小銃および機関銃) 9.7%
砲弾および爆弾 78.3%
その他 12%

1917年8月ヴェルダン戦
小銃弾(小銃および機関銃) 6.1%
砲弾および爆弾 77.2%
その他 16.7%

1917年11月マルメーゾン戦
小銃弾(小銃および機関銃) 17%
砲弾および爆弾 77%
その他 6%

1918年5月エーヌ戦
小銃弾(小銃および機関銃) 31.6%
砲弾および爆弾 56.3%
その他 12.1%

1918年7月、第3、4、6、10軍
小銃弾(小銃および機関銃) 23.9%
砲弾および爆弾 67.9%
その他 8.2%

1918年9~10月、第4、5軍
小銃弾(小銃および機関銃) 27.4%
砲弾および爆弾 56.1%
その他 16.3%

『砲兵ノ過去現在及将来』p.303図表より。註より1921年9月15日発行、歩兵雑誌中の軍医総監ツーベル氏の作業より抜粋したとある。

1918年に小銃弾の損害が増えるのは、軽機の配備率が影響してるんだろうか、それとも半運動戦になったからだろうか。いや、運動戦になったからだろう。クリミア戦争では砲弾の損害が多いし、1914年時と1918年時の損害が近い。




・フランス軍の砲兵状況

第1次大戦開始時
火砲4千
砲兵将校1.1万
下士官以下42万

第1次大戦終結時
火砲1.2万
砲兵将校2.6万
下士官以下100万以上

開戦当初、フランス軍は5~600キロの正面を担任し、火砲120門すなわち正面約50メートルに1門の比をもって戦闘に従事。
のちの攻勢作戦の時期においては、火砲の密度は正面5~6メートルに火砲1門に達せり。
最初においては、仏砲兵はほとんど軽砲のみであったが、末期においてはその過半数が重砲となった。

『砲兵ノ過去現在及将来』p.305
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