ビルマ戦 2011.01.07 (金)
木村兵太郎将軍の指揮官としての評価が必要以上に低い。実際のところは、日本軍基準でいえば並だったと思う(攻勢偏重過ぎて軍司令官以上で名将と呼べるような人は…)。
ビルマ戦役で木村が指揮したのはインパール戦後というのが理解されていない。イラワジ会戦なしにラングーン放棄を語るのは卑怯。

インパール戦後、ビルマ方面司令官として木村兵太郎、参謀長として田中新一が着任。当初、木村は田中参謀長を一応は信頼していた。

南方総軍の意向に基づいて木村司令官は持久を主張、しかし田中参謀長は決戦を主張、声の大きい田中参謀長に折れて決戦をもってビルマ防衛を図ることを決める。

イギリス軍の進撃によって「イラワジ会戦」惹起、英軍渡河半途において攻勢に移るも終始失敗する。

木村司令官は田中参謀長を信頼しなくなる(田中参謀長を軽視し始める)。

英軍、日本軍の意表をついてニャングへ渡河上陸、メイクテーラを目指して進撃。主攻か否か方面軍司令部内でひと悶着あるも、木村司令官はメイクテーラ会戦への転移を強く主張して可決される。

英軍、メイクテーラ占領。日本軍奪還を図るも失敗。後退。

英軍、急速に進撃し始める。

ラングーン放棄。


・急速に進撃する英軍に対してラングーンを放棄するか粘るかは指揮官次第である。司令部が前方にいるか少し後ろにぎみにいるかは、人それぞれ。ビルマ戦役崩壊を早めた田中参謀長がなにを言う、って感じである。
・ラングーン撤退時の処置が不十分だったことはやはり残念。シンガポールの華僑虐殺事件ぐらい残念。磯部卓男は参謀がちゃんと後始末をしなかったのが原因としてる。宴会ばっかりやってビルマ方面軍の評価を下げた参謀たちもいるし…ビルマ戦には二線級ばかり送られてるのかな。
・第28軍が敵中に孤立してしまったのはイラワジ会戦の敗北が原因。どうしてラングーン放棄が原因になるんだ?



以下、拍手レス

>sionさん
いや~、何度読んでも吹きますw
こういう、センスのある人間になりたいものです。
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