ミリタリー | 趣味・実用 | 中東戦線 2010.10.16 (土)
イギリス地中海遠征軍の目的:
ナロー海峡狭部要塞を占領し、艦隊のダーダネルス強取を容易にさせること。

前項目的達成のための3案:
1.ゼロス湾の北海岸に上陸
2.アジア沿岸に上陸
3.半島南部に上陸

1.は上陸するときに敵の抵抗が大してなく、エノスでは同時に容易に全軍を上陸させることが出来る利点がある。しかし、ナローに進出するにはビュレヤーの陸正面堡塁を突破しなければならない。この間に背後をスレースのオスマン軍主力により攻撃される危険性がある。

2.はアジア沿岸に対し機雷敷設海面外において、オスマン軍要塞の射程外に上陸できる地点はクムカレしかない。そして同地上陸後ナローへ向かう前進は、トロイ平原を流れる網状河川のため阻止される。しかもイギリス軍右翼はつねに山地に行動して敵の抵抗を受け、中央と左翼はキリットバヒルの重砲火により前進が困難である。たとえチャナク付近に進出できたとしても、同地はキリットバヒルより瞰制されて陣地の支持は困難である。

3.は前2つに比べて敵の抵抗を受ける危険が大きく上陸困難であるが、つねに艦隊と密接に協同しできる。たとえ敵が優勢な兵力を英軍右翼方面に集中しても、これを海軍の援護に託すことが出来るだけでなく、英軍第1作戦目標であるキリットバヒルに近い。

これ以外にスヴラ湾に一部兵力を上陸させる案もある。

ハミルトン将軍の結論:
「連合軍は海軍援護の下に一部をアジア側に上陸させ、その砲台火力を該方面に牽制させるとともに、主力をもってアンザック湾および半島南端付近に上陸を敢行し、もってキリットバヒル要塞を攻撃するを要す」。



英仏軍は当時ヨーロッパ戦場で激戦を繰り広げていたために、遠征に正規軍をもって当てることがかなわず、主として植民地駐屯部隊の集成をもって編成された。

総司令部 サー・イアン・ハミルトン大将
 第29師団 A.G.ハンター・ウェストン少将
 王立海軍師団 A.パリス少将
 アンザック軍団 サー.W.R.バードウッド中将
  第1オーストラリア師団 W.T.ブリッセス少将
  ニュージーランド及びオーストラリア師団 サー.A.D.ゴッドレー少将
 フランス遠征軍 ダマード将軍
  第1師団 マスノウ将軍
  第2師団 

全軍で7コ師団と付属部隊若干であり、総兵力は軍予備隊としてエジプトに残置されたフランス軍第2師団および第29インド兵旅団を合わせて約75,000、砲約140を算した。

各師団は師団固有の編制をもっておらず、ことに砲兵すくなく歩兵も戦時編制に届いていなかった。輜重と動物は作戦の企図上エジプトに残置された。第29師団はイギリス陸軍が使用できる最後の正規軍であり、そのうちある大隊は青島攻撃に従事していた。編成完成を計るためインド軍と外国駐屯部隊の一隊を加え、ガリポリ出征部隊中もっともに精鋭の師団であった。
  
オーストラリアは1902年より軍隊を組織し、義勇兵制度を徴兵制度に変えていた。しかしガリポリに派遣された兵団は編成以来わずか4か月の訓練を経たのみだった。

海軍師団は最近編成され、砲兵その他師団の持っているべき部隊の大部分を持っていなかった。訓練も不十分だった。

フランス軍は植民地軍をもって急遽編成されたもので、3分の2はセネガル人でこれに一部のアフリカ人部隊を加え、本国軍はわずかに3分の1のみ。しかし砲兵と工兵はともにあり、弾薬も豊富、指揮官のダマード将軍は才能胆略に優れていた。

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1915年4月21日、ハミルトン将軍の訓示。

フランスおよび大英帝国の軍人に告ぐ

我らはいまや近世戦争においていまだかつて見ざる危険に直面しあり。我が軍はまさに我が親友たる海軍艦隊と協同し、トルコ軍が難攻不落と自負して築きし陣地の前面において、敵火を冒して上陸を強行せんとす。上陸は神と海軍の助けによって成功すべし。敵陣地は猛襲せられ、最後の戦勝は近くわれにもたらされん。我らのキッチナー卿は我が暇乞いに行けるとき言えり。「記憶せよ! 一度ガリポリに足を踏み入れなば汝らは最後まで勇敢に戦うべし」と。

全世界はいまや我らの進軍を注視しつつあり。いざ偉大なる功績を立てて我が軍の真価を中外に発揮せん。



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