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楠公戦史 2010.06.19 (土)
倒幕編と尊氏離反~正成戦死編で分けてみる。

元弘の乱
・赤坂城の戦い
・渡辺橋の戦い
・千早城の戦い
・附:同時期連動作戦としての倒幕戦

1335,6年戦役
・矢作川の戦い
・手越河原の戦い
・箱根、竹ノ下の戦い
・第1次京都付近の戦い(京洛の戦い、宇治川の戦い…どう書こう)
・三井寺の戦い
・第2次京都付近の戦い(1月16日)
・第3次京都付近の戦い(1月27日)
・第4次京都付近の戦い
・豊島河原の戦い
・小清水の戦い(?)
・多々良浜の戦い
・中国地方の戦い(?)
・湊川の戦い


「史学に益なし」と言われながらも、『太平記』以外に詳細な戦闘の史料は見当たらない。だから戦国時代より研究が盛んでないのかな。
鎌倉、京都での戦いで詳しい本がないかなあ。なぜか九州のほうが資料がある気が。

京都の戦いは一まとめにすべきかな?



「正成の戦勝は、千早・赤坂における山岳戦で得られ、湊川の平野戦では、失ってしまうより方がなかった。」
『日本の合戦 二 南北朝の争乱』p.257

執筆者は「正成は平地では戦わない」とするが、明らかに的外れでは。「渡辺橋の戦い」を見ても平地戦で勝利している。



南北朝期の戦い方については、いつか一回書いてみるつもり。

近藤好和『騎兵と歩兵の中世史』
トーマス・コンラン「南北朝期合戦の一考察」『日本社会の史的構造 (古代・中世) 』所載
カール・F・フライデー「騎射の歩みの一考察」『東京大学史料編纂所研究紀要 11号』(2001年)所載

入手したので。コピー代高いw

「騎射の歩みの一考察」によれば、南北朝期の合戦は「敵主力の撃滅」を主眼とし、後の戦国期のように「土地の獲得」は目標とはなっていない。この理由から土地を占領することの出来る歩兵部隊は主兵とはならず、古来よりの騎馬兵が主兵となっている。
さらに、南北朝期は集団戦ではあっても戦国期のように組織的ではなく「武士の小集団の間での小競り合いを中心に展開」していたと記述している。
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