ナポレオン戦争以降

・1854年、バラクラヴァの戦い
イギリス軽騎兵旅団と重騎兵旅団の突撃。テニスンの詩

・1863年、ブランディ・ステーションの戦い

・1870年、マルス・ラ・トゥールの戦い
フォン・ブレドウ死の騎行
フランス軍による乗馬襲撃もあったはずだが…なんだったかな?

・1898年、オムドゥルマンの戦い
マフディー戦争。英第21槍騎兵の突撃

・1899年、Elandslaagteの戦い
「英国騎兵の戦闘能力および捜索に関する性能の劣等なるや吾人のすでに知悉するところにして、したがってまた吾人を裨益するとろこ過少なり。
戦闘において軍刀をもって実行したる英騎兵の襲撃はほとんどつねに撃退せられたり。実見者はただ一回のみその成功したる場合を目撃せり。これすなわち「ドンケルェホーク」の戦闘にして、而して英人はこの場所をEerste Fabrikauと呼称せり。
この場合においては杜軍の粗薄なる散兵線不意に側面より騎兵の襲撃を受け、而して席巻せられたり。
すでに前文において詳述したるがごとく僅少なる予備をおいてする歩兵の戦闘法ことにその戦闘の終期は騎兵にこのごとき側面襲撃の機会を与えたり。しかれども襲撃を行わざる前は通常翼上にあるものなれば杜軍にしてもしその側翼後に予備隊を貯えたらんにばおそらくこの危険を排除し得たるものならん」
BM氏訳『英杜戦争に於ける軍事上の観察』75-76ページ。

・日露戦争
騎兵第13連隊による曲家店の戦闘
騎兵第15連隊による七家子の戦闘

日本軍は、騎兵をほとんど乗馬歩兵として運用した。日本の騎兵戦友会は「近世世界騎兵史という書物があったとしたならば、その書物の中でも、恐らく日露戦争における日本騎兵の物語りは、相当の頁数を占めるであろう」と自賛するが、主要な乗馬戦は2例しかない。一方、ロシアのコサック騎兵は訓練未熟、指揮劣悪で、有効に動けなかった。