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心酔の結果妄想
仏軍が大戦前攻勢主義に心酔せる状以上のごとし。右(原文ママ)のごとく過度に攻勢主義に心酔せる結果として、火器の威力に対する観念漸次消滅し、ついに旺盛なる攻撃精神は、輓近大いに発達せし火器の熾盛なる威力をも圧倒し得るかのごとき妄想に不知不識の間陥るは、奇にして奇ならざる現象なり。仏国将官エールはその著書『砲兵の過去現在及び将来』なる名著において述べて曰く、

平時における演習において攻撃運動を教育せんとせば、ついに火器の効力を無視する結果に終わるものとす。一年間における教育の最大事業たる我が大演習においては、奪取すべき敵陣地に対しまったく敵火を無視し、軍旗を風に翻し、太鼓を奏し、密集隊形をもって前進する歩兵の顕わるる――一大軍事活劇を数日間行う。而してこの活劇の講評としては、ただ眼に触れたる事象、すなわち攻者のためには攻撃方向、行進路、突撃時の歩度を、防者に対しては銃剣をもってする攻勢移転、その適否、その力等について述ぶるに過ぎず。しかれども、土地に定着して突撃歩兵に追随することきわめて困難なる火砲、静止せざれば戦闘し得ざる機関銃はほとんど忘却せられ、その用法およびその努力に対しては間接的に注意を払うものすら、また稀なりき」と。

紅の軍袴
平時右のごとき(ママ)習慣と観念とにより徹底的に訓練せらし仏軍が、大戦に際し設置せる独軍陣地に対し平時演習のごとく「軍旗を翻し太鼓を打ち」て突撃を実施せしは、もとより当然なりき。いわゆる旗鼓堂々紅色の軍袴、燦(さん)たる剣光が夕陽に映したるその光景は、まさに壮烈にして古代の戦争画を二十世紀の戦場に見るの感ありしならん。しかれどもこの一大古画は、近代戦の火力に対しては、たちまちにして鮮血をもって彩られたる地獄の絵巻物と化したること、もちろんなり。すなわち、戦闘の初期より仏軍砲兵は日露戦争における日本軍の経験(日本軍は準備砲撃を行いたるのち攻撃するを原則とせしが、開戦と同時にかくのごとくするも敵の砲兵を破壊し得ずして、歩兵の前進間敵砲兵が活動するを体験せり。ここにおいて戦前より原則とせし準備砲撃を廃し、我が歩兵の前進により敵砲兵現出するをもって、このとき我が砲兵は敵砲兵を射撃するを可なりとなし、爾後この意味において歩・砲の協同動作をなすことを重要なる新原則となせり)に基づき準備砲撃を行わざりしのみならず、仏軍砲兵は野砲のみより成りしをもって、よく遮蔽せる独軍砲兵、とくにその重砲兵は何等の妨害を受くることなく、紅色の軍袴を穿ち旗鼓堂々として密集前進する仏軍歩兵を痛烈に射撃してその猛威を逞しうし、またその機関銃は凄惨なる爆音とともに火焔に等しき猛火を浴び、いたるところ仏軍歩兵に壊滅的損害を蒙らしめたり。

頂門の一針
以上のごとく、仏軍はその往昔の失敗に鑑みこれを矯正せんがため、その後における各戦争の教訓を利用するにあたり、その判断正鵠を失い過度に攻勢主義に偏し大戦に望み、その結果として初期においてははなはだしき損害不利を見たり。戦史を研究し戦争の教訓を利用せんとするものに対し、右(ママ)仏軍の不幸なる経験は、まさに頂門の一針たるべし。

次に英軍は如何。
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