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ミリタリー | 趣味・実用 | 楠公戦史 2010.08.30 (月)
以下、樋口敬八郎『日本古来名将の戦略及統帥の観察』pp.163-64,より、



(楠公の消耗戦略)

楠公の作戦を見るに、戦術的見地においては別として戦略的にはその一つ、二つを除けば大体において消耗(持続)作戦というも過言にあらず。

たとえば笠置の奏答において「北条の大軍を挫かんこと、ただ力のみをもってしては叶うべからず。よろしく智略によるべし。勝敗は兵家の常なり。一敗もって動ずべからず」と、このときすでに消耗作戦の作案は決せられあり。その後赤坂の守城戦、金剛山の防御戦闘などこの見地において観察するとき興味洵(まこと)に深し。なおこれよりさき天王寺において宇都宮の兵を避け「他日期を察して討つべし」と称して退却したるがごときこの思想なり。とくに湊川役前、足利高氏の東上に対し献策せる必勝の戦略は「高氏を放って京都に入らしめ、その糧道を絶ち敵兵散づるを待つ」にありて明けらけき消耗戦略なり。

そもそも楠の寡兵をもって北条の80万、足利の20万と号する圧倒的優勢兵力(もちろん兵力は過大誇張せられあらんも)に対し尋常の方策をもって対すべからざるは当然なり。しかもこれら逆賊は遠く関東もしくは九州より近畿地方(敵地)に作戦するものなるのみならず、大義名分において賊名を負うその政略的に不利なるは言を待たず。ここに着意し、適時楠公が消耗戦略に出でたるは至当の作戦にして、つねに戦の本質を静視して戦法の採用ならび作戦の指導を誤らざりしは敬服に耐えざるところなり。

ようするに正成の統帥は新田、名和、北畠などと協同作戦をなすにあたりては武将間の相克摩擦を調停しつつ、しかも自軍の功名を求めんとするがごとき一点の私心なく、至誠無我の境地において指導せられたるものにして、洵(まこと)に後人の範とすべきものなり。

※旧漢字等を現用に直し、さらに原文より句読点を増やした



この人もまた皇軍魂(笑)が炸裂している。

講談もいいが、まじめに研究している本を探すのが大変。

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