ミリタリー | 趣味・実用 | 感想 2016.01.23 (土)

乃至政彦『戦国の陣形』講談社、2016年。


乃至政彦先生の新刊です。

日本古戦史のなかで陣形に注目し、古代日本の軍団制から戦国時代に至るまでの陣形の変遷を追った書です。

第一章から第三章まで、すなわち古代から室町時代までの部隊編成と陣形の話は大変興味深いです。中国に範を取った古代の軍団制はのちの武士の世よりも整った軍制を整備しており、中国・朝鮮を仮想敵国としながら実際には蝦夷との戦いに明け暮れていくなかで廃れていきます。武士の世となったあと、軍記物に現れる「○○の陣」というのは「なんとなく集合した隊形」「なんとなく分散した隊形」を示すものでしかないと著者は指摘しています。

第四章は、本書の核心的部分です。豊臣時代の部隊編成が川中島合戦で生まれたものと指摘しており、そのなかでもとくに村上義清の例をもって嚆矢としています。上杉と武田の抗争から誕生した兵種別編成はやがて全国へと波及していったと主張しています。

著者は、村上義清が戦国時代の兵種別編成(五段隊形)をもって最初の例とし、その先進性を高く評価していますが、同時代における他の地域の歩みを比較検討していません。東国以外、とくに西国の状況が示されていません。これは基礎となる研究が乏しいからかもしれませんが。


多少強引な筆の進みを感じましたが、日本中世軍事史界に新たな風を吹き込むものと思います。“日本独自の戦争方法”を追求するうえで議論がもっと活発になることを願ってやみません。
ミリタリー | 趣味・実用 | 感想 2015.10.24 (土)
鈴木伸元『反骨の知将 帝国陸軍少将・小沼治夫』平凡社、2015年。


日本陸軍の著述家といえばだれを思い浮かべるでしょうか。

まず挙がるのが石原莞爾でしょう。ついで『戦争要論』の村上啓作、『『戦争史概観』の四手井綱正。通なら石田保政を知っているかもしれません。

今日、軍事著作家としての小沼治夫は全く知られていません。あくまで軍内での研究にとどまり公刊されなかったからでしょう。しかしながら、健全な批判精神に基づいた「日露戦争に観る戦闘の実相(日本軍の能力特性観察)」や、火力戦を訴えたことで有名な「ノモンハン事件研究報告」を書いた、知る人ぞ知る人です。
※上の二書はアジア歴史資料センターというサイトで見ることができます。
「日露戦争に観る戦闘の実相 (日本軍の能力特性観察)」 レファレンスコード C13110412900
「ノモンハン事件研究報告」 レファレンスコード C13010625400



このようなマイナーな軍人の伝記が、新書という読みやすい形で出ました。

わたしが小沼治夫を知ったのは、白井明雄氏の著作からです。鈴木伸元氏の情報源もほとんど白井明雄氏をもとにしているようです。本の流れも白井明雄「陸軍少将小沼治夫」と同じですね。ただ鈴木伸元氏のほうが小沼治夫の私生活に詳しいです。

教官時代の著作。日中戦争、ガダルカナル戦、ルソン島戦での参謀勤務。とくにルソン島戦では、参謀副長として実質作戦指導を行っていたりして、著作と実戦の相違を見るにとても興味深い人物です。軍事思想なのか空想なのか判別がつかない石原莞爾よりもよっぽど“地に足の着いた”調べるに値する人だと個人的に思っています。

残念ながら今回の伝記は短期間で書かれたと思われる点、著者が軍事史に明るくないと思われる点があり、少し雑な印象を受けます。しかしながら今回の刊行を契機として小沼治夫の研究がもっと進むことを期待したいです。



ミリタリー | 趣味・実用 | 感想 2015.08.08 (土)

House, Jonathan M. Combined Arms Warfare in Twentieth Century. Kansas: University Press of Kansas, 2001.
(ジョナサン・ハウス『20世紀における諸兵科連合戦』カンザス大学出版、2001年。)

本書は、題名のとおり20世紀における諸兵科連合戦の歴史の本です。もともと1984年に軍の教科書用に書かれたもので、増補改訂されて2001年あらたに出版されました。1984年版(ネットで公開されています)は納得した出来ではないので2001年版を買って読んでくれとアマゾン・コムのレビューで著者自身が言っています。



内容は、アメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・ソ連/ロシアの五か国を中心として、兵器と兵科を組み合わせてどのように戦っていったのか戦例を交えつつその変遷を追っていきます。まさに教科書ですね。日本もヤラレ役として出てきます(戦例がリモン峠とコヒマ……)。

個人的に驚いたことに、陸空協同について少なからず項が割かれています。エア・パワーの信奉者は空軍独自の作戦に固執し、近接航空支援はいやがる様子が何度も出てきます。第二次大戦初頭、ドイツのみが初歩的な近接航空支援体制を整えていたが、大戦末期となると米英も整えてきます。ところが核兵器の登場で近接航空支援は忘れ去られます。朝鮮戦争でアメリカ軍はまた思い出しますが。湾岸戦争とユーゴスラビア爆撃を見ても、エア・パワーは大変有力な手段であるがそれだけでは敵を屈服させることはむずかしいと述べています。

冷戦期の各国の状況はほとんど知らなかったのでかなり興味深かったです。第二次大戦が終わってから四半世紀ぐらいどこの国も核戦争に対応できる編成に改編してたのですね。

きちんと語られているわけではないですが、本書の構図は明瞭です。

よい軍隊→分権的、任務指揮、兵器の統合使用
悪い軍隊→集権的、命令固守の指揮、偏った兵器の使用

このような見方は現在でもアメリカ軍事界のなかにあると思います。もちろん軍隊にもいろいろな見方があります。たとえば、荻生徂徠は明の軍隊を集権的と日本の軍隊を分権的とし、明の軍隊の優秀さを語っています。



多少研究史を追っている第一次大戦の項から察するに少し古い記述なのかもしれません。しかしながら20世紀通常戦の一連の流れを書いたものとしておススメできる本だと思います。







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ミリタリー | 趣味・実用 | 感想 2015.08.01 (土)

イエルク・ムート『コマンド・カルチャー 米独将校教育の比較文化史』大木毅訳、中央公論新社、2014年。

第二次大戦におけるアメリカ軍とドイツ軍の比較研究として、クレフェルトのFighting Power: German and U.S. Army Performance, 1939-1945 (Contributions in Military Studies)という古典的な本がありますが、本書は19世紀後半から第二次大戦までの米独将校教育の比較研究です。


ムートは、アメリカとドイツの将校教育の違いを鮮明に描き出しています。

アメリカの陸軍士官学校に入ると、上級生からはげしい"しごき"を受ける。例としては、担架から吊り下げられ、それから20分間シャワーを浴びることを強いられる(マッカーサーの回想)。授業では、暗記、とくに数学や物理学の科目が重要視された。このため人格は十分なのに数学や物理学の点が足りないことから落第させられることが起きた。戦術問題では、教官の回答に合うよう答えなければならない。

このような現象に対しムートは、
リーダーシップは、常に技術的な技能に打ち勝つ」(78頁)
規律の維持に必要なのは、何よりもリーダーシップであって、服務規程ではない。前者は、ただ模範を示すことによってのみ得られる」(83頁)
将校はドクトリンと用意された解答を切望し、指揮するよりも『運営』しようとしたのだ」(259頁)
と批判しています。

一方のドイツの学校では、
「若者は『子供以下』の扱いなどされず、『お前』ではなく敬称の『貴君』で呼びかけられる」(129頁)、「上長に模範を示され、生徒たちはすでに、義務と戦友精神のバランスを取って、正しく歩むことを学んでいた」(129頁)。陸軍幼年学校では、新入生一人につき指導係の上級生が付けられ、上級生たちは学校の規則と規律を教え、新入生をいじめから守った。ドイツでは、"いじめ"や"しごき"ではなく、模範を示す、率先垂範することが重要視された。
アメリカでは一昔前の兵器を使って訓練していたが、ドイツでは最新式の兵器を使ってあるいは想定して訓練していた。陸軍大学校では、戦術と軍事史に多く時間が割かれていた。
戦術問題では、出題される問題にこれという答えはない。教官の案はあくまで一つの案として理解されている。

もちろん、戦略次元で二度も失敗したドイツの過ちの理由も記されていますが、それは本書を読んでということで。


個人的に、もっとも驚いたのは「ドクトリン」という言葉が悪い意味で使われていることです。英語圏の研究では「ドクトリンとドグマ」を対比させてドクトリンを称賛したりしています。しかしながら著者ムートは、ドイツ軍ではドクトリンという単語はほとんど使われなかったと言い、ドクトリンという人工的なガイドラインよりも臨機応変の対応を重視していたと言っています(229頁)。


さいごに――。

「現在のテロに対する戦争で、合衆国陸軍が保有し得る、もっとも鋭利で破壊力がある武器は、新型のコンピュータ・システムや高度に発達した無人機、スマート砲弾ではない。細心の注意を払って選抜され、軍事史の知識を大量に叩き込まれ、攻撃精神にみちみちた筋金入りの大隊長や旅団長が、独自の作戦を遂行できるぐらい情感に信頼され、たとえ銃弾が飛んでくるようなところであろうとも、自ら作戦実施を監督する。それこそが、合衆国陸軍最強の武器なのだ。」(280頁)

自衛隊ではどうなのでしょうか?






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ミリタリー | 趣味・実用 | 感想 2012.10.07 (日)
こんぱすろーず『帝国の「辺境」にて ―西アフリカの第1次世界大戦 1914~16―』、2012年
(同人誌。読みたいのならTiwtter上にてH.M.S.CompassRose氏に問い合わせてみるが可)


・日本では知名度の低い第1次大戦の、そのまた"知られざる戦場"である西アフリカの戦いを書いた本。主にカメルーンとトーゴランドにおける英仏独の抗争を描く。
・フォン・レットウの活躍で有名な東アフリカの戦いではなく、西アフリカなことからして、もう。
・純粋な戦史(作戦戦闘史)ではなく、当時の植民地の状況や戦争協力、各国の外交、電信と著者の趣くままに書いている。いいぞ、もっとやれー!などと思いながら読み進めた。
・戦闘規模は大きくないものの、やはり機関銃が火砲に負けず劣らず絶大なる効果を発揮している。戦前の散兵線方式では、正面から攻撃は難しいモンね。
・物資輸送員であるポーターもアフリカならでは。

カメルーンにおける英軍兵士

・もっとも注意を引いたのは、第5章中の「アフリカ人エリートたちと戦争」。セネガルにおける現地人の反応は意外。



久しぶりに文章を書いた気がする。



最後に目次を付す。


序章 忘れられた戦線 1
第1章 それほど暗黒でもない大陸 西アフリカの地理と歴史 6
第2章 西アフリカの1914年 18
第3章 トーゴランド:1914年8月 電波をめぐる戦い 42
第4章 カメルーン:第1期 1914年8月~1915年7月 66
第5章 西アフリカの銃後 列強西アフリカ植民地と大戦のインパクト 126
第6章 カメルーン:第2期 1915年8月~1916年2月 167
終章 最後の植民地戦争 186
参考文献 188



10/8追記
銅大氏による紹介もあるので、併せて読まれたし。