シナイ半島

シナイ半島は聖書のいわゆるモーゼが教を説いたシナイ山より漸次北方に低下し、アカバとスエズとを連なる線以北はおおむね大波状地となり、地中海に近づくに従い漸次平坦な砂漠となり、海岸に近づき隊商路のほかほとんど水なく生物の生存できない砂漠を成す。

シナイ半島北部の砂漠は不毛な平坦地もしくは大波状地を成す無水の砂原にして、まれにオアシスあり。オアシスには井泉あるを常とし、現地民また部落を成してここに移住することあり。椰子樹繁茂し緑陰を得ることができ、遠くこれを望めば海洋中の島嶼に似たり。すなわち、この名を由来である。

道路はラクダ隊商の行通する、いわゆるキャラバン(隊商)道であり、もっとも人口を加えず太古より人畜の往来により自然に生じた道なるも、ときどき発生する熱風の齎し来る降砂のため埋没してあたかも降雪地における野道をたどるの感あり。現地人の隊商は太陽と羅針とにより、また路傍に横たわる人畜の白骨を目標として更新するを常とす。ゆえに古来現地人は砂漠をもって海となし、ラクダをもって船に例える。また故なきにあらざるなり。

土地の表面は山地を除き一般に柔軟にして堆沙脚を没するところ多きも、まれに堅硬にして歩行容易なる部分を発す。気象中、とくに注意すべきはときどき発生する熱風にして、この風一度至らば熱沙を席巻し、黄塵天を覆って、昼なお暗く、隊商この風に会うときはラクダは地上に平伏して動かず。人はラクダの腹下に潜みて風の止むを待つ。もしこの風のもっとも烈しきものに会えば、人畜ともに降沙に埋もれ、また立つことができない。軍隊も行軍中と戦闘中とを問わず、この風の来るに会せば一時その行動を中止しなければならない。またときとして全隊危殆に陥ることあり。そしてこの風は場合により2日にかかることあり。

『英国埃及遠征軍ノ砂漠作戦』
1917年10月22日付軍司令部発布「軍命令第54号」、サー・エドモンド・アレンビー大将より。



・軍司令官はガザおよびベエルシェバの敵に対し攻勢を意図している。ベエルシェバがわが軍の手に落ちたとき、敵左翼SheriaおよびHureiraの方向に向かって包囲攻撃を敢行する。

・攻勢開始日、第20軍団(第10師団、帝国ラクダ旅団増強)および砂漠乗馬軍団(1コ乗馬師団、帝国ラクダ旅団欠)は、夜間までに周辺地域の占領を目的を持ってベルシェバの敵を攻撃する。ベエルシェバが陥落し給水施設の復旧がなされたならば、第20軍団および砂漠乗馬軍団は敵主陣地左翼を攻撃せんと速やかに移動し、敵左側面を包囲する。
第20軍団はSherira南の敵防御線へ移動する。それからSheriaおよびHureira防御線へ移動する。
砂漠乗馬軍団はNejileおよび給水施設占領のため、第20軍団北方へ移動する。敵が第20軍団の前進を妨害せんとするならば、積極的に対処し敵左側面を旋回するよう準備する。

・第21軍団はガザ南西防御線を攻撃する。UmbrellaよりSheikhまでの敵第1線陣地を占領する目的をともなう。

・海軍は第21軍団と協同してガザを攻撃する。

・攻勢開始日4日前、第21軍団はガザ防御線に対し砲撃を開始する。開始日1日前より2日後まではより活発に行う。砲撃は少なくとも開始日4日後までは続けられる。

Military Operations: Egypt and Palestine Part2, PP 676-7


・1917年夏、パレスチナのオスマン軍には突撃隊戦術および軽機関銃が導入さるる。

・1917年10月28日付(英軍攻撃3日前!)、ファルケンハインの命令、フェヴジの第7軍は東半分を指揮す。該野戦軍は第3軍団(27師、3騎兵師)を指揮す。加えて、第16師団、24師団、19師団。24、19師団(19師は転進中)は予備とす。クレスの第8軍はガザをコントロールし、西半分を守備す。ガザ守備の第7師団はガザ北方に配置転換し、対上陸および予備とす。ガザには老練の第53師団を配置す。

・英側文書にはマイナーツヘイゲンの「ハザーバック伝説」あり。該参謀による偽文書によりオスマン軍騙さるるという。エドワート・エリクソン、土文書を耽溺しこれ真なりとす。第7師団の対上陸防御のための配置転換、歴戦揃いの第53師団のガザ入りこれなり。加うるに予備に位置すべき第24、19師団はベエルシェバに遠き地にあり。両師団はベエルシェバよりもガザを援護すべき地にあり。

・土軍の攻撃予想。英軍はベエルシェバに対し騎兵小部隊をもって陽攻す。英仏連合軍ガザ北方に上陸す。主攻はガザに指向し、夜間攻撃および戦車投入す。オスマン、ドイツ両参謀連ともに、英軍は補給上の理由によりベエルシェバには2コ師団(歩兵1コ、乗馬兵1コ)しか投入できぬと信ぜり。



・10月31日、英軍攻撃初日、土軍はまったく奇襲されたり。第7、8軍両司令官午後になり事態把握す。急ぎ参謀派遣す。ベエルシェバ北方に新たに防御線構築すべきと判断す。

・ベエルシェバを守備したりし第3軍団長イスメットまた驚愕す。隷下にありし第27師団はアラブ人主体なり、素質悪しといわるるも頑強に抵抗せり。イスメットは予備にありし第3騎兵師団を左翼に展開し英軍乗馬部隊を脅威せんとせしも焼け石に水なりし。

・イスメットは午後4時ベエルシェバ放棄を決定す。漸次撤退す。午後4時30分、豪乗馬歩兵による乗馬襲撃決行さるる。午後5時、ベエルシェバはその主を替えたり。


・土軍は戦略的にも、作戦的にも、戦術的にも奇襲されたり。ベエルシェバに敵大部隊侵攻せりと夢にも思わざりき。その報聞きたるや耳を疑い驚愕せり。土軍情報部は木偶の棒にあらざりし。これがまったく驚駭されたるは英軍の情報取り扱い厳にして、その優秀さを示すものとす。



Ottoman Army Effectiveness in World War 1, PP115-119

なんという絵心!!


・第1次ガザ戦
アーチバルド・マレイ率いる英エジプト遠征軍は3コD、1コYeomanry.D、2コCav.Dを有す。これらは皆ガリポリ戦を経験した師団だった。
作戦計画は砂漠縦隊(1コ師団、2コ騎兵師団)がガザを攻撃しこれを囲む。東面隊(2コ師団)は東側面を遮掩し防護する(screen and guard)。


オスマン軍第1遠征隊を率いるのは独フォン・クレス大佐。2コ師団および1コ騎兵師団。ガザ守備隊(兵3500、機関銃42丁、砲22門)。
イギリス軍が攻撃してきたときは側面を打撃し、要すればベエルシェバより進撃して敵後方連絡線を遮断する。


1917年3月26日よりイギリス軍攻撃開始。ガザをほとんど囲むが右翼を痛打されて後退。
イギリス軍損害2400。オスマン軍戦死294、負傷1078。


・第2次ガザ戦
イギリス軍はガザへ正面攻撃を計画。戦車8両、毒ガス弾4000発を含む火砲が増援される。

パレスチナ担当のオスマン第4軍司令官ジェマル・パシャは、北方より20Cを南下させ配置につかせた。ジェマルはマレーの攻撃準備を察知し準備。

4月19日、イギリス軍攻撃開始。オスマン軍のよく準備された陣地に正面攻撃をかけたイギリス軍はあえなく撃退された。
イギリス軍損害6444。オスマン軍戦死82、負傷1336、行方不明242。司令官マレイおよび参謀長ドベルは解任された。

・評
イギリス兵捕虜の言、「われわれはトルコ兵がこんなにも強いとは知らなかった」。
インテリジェンスが貧弱でオスマン軍部隊に対して間違った姿を思い描いていた。
すべてのレベルのイギリス軍将校は状況認識が甘く、効果的に情報伝達ができていない。
歩砲協同に欠いている。
これは2年前のガリポリと同じ状況である。


Ottoman Army Effectiveness in world War 1,pp.98-102
Ordered to die, Appendix F. Ottoman Causualties


「部隊命令第54号」 英エジプト遠征軍司令官エドモンド・アレンビー大将 軍司令部 1917年10月22日

2.軍司令官はガザおよびベエルシェバの敵に対し攻勢を意図している。ベエルシェバがわが軍の手に落ちたとき、敵左翼SheriaおよびHureiraの方向に向かって包囲攻撃enveloping attack(注)を敢行する。





米軍用語集より

envelopment (JP 1-02, NATO) - An offensive maneuver in which the main attacking force passes around or over the enemy's principal defensive positions to secure objectives to the enemy's rear. (Army) - It is one of the five choices of maneuver. A commander must find or create an assailable flank by passing forces around one or both of, or over (vertical), the sides of an enemy force, pitting his strength against the enemy's weakness. (See also attack, choices of maneuver, double envelopment, encircling force, offensive operations, and turning movement.)
「主攻が敵部隊の側方または後方に対して指向される攻撃機動の方式をいう」

encirclement - The loss of freedom of maneuver to one force resulting from an enemy force's control of all routes of egress and reinforcement. (See also breakout and linkup.) See FMs 6-20, 7-20, 7-30, 17-95, 71-100, 71-123, and 100-5.

「包囲とは敵の正面を攻撃すると同時に、強大なる一部をもって敵の一面あるいは両面、ときとして背面をも攻撃するをいう」
『兵語の解説』p.125

包囲・反対包囲 envelopment
「包囲」とは敵の正面および側面あるいは背面をも併せ囲みて攻撃するをいい、「反対包囲」とは包囲せんとする部隊の翼を後方部隊をもって逆に包囲するをいう。(帝国陸軍用語、おそらく『兵語の解』より)
『防衛用語辞典』p.428

包囲 envelopment
敵を戦場に捕捉撃滅するために、敵を正面に拘束しつつ、主力をもってその側面から攻撃して退路を遮断する攻撃機動の方式をいう。(陸自・空自・統幕用語)
『防衛用語辞典』p.428

ジャポネはまたふたつの言葉をがっちゃんこさせたのであろうか。
『兵語の解説』はおそらく陸士の教本から定義を引いてるだろうから興味深い。誤訳の多い軍事用語ではenvelopmentを包囲とするのは誤訳としているが疑問符がつく。『兵語の解説』の定義と米軍用語の定義は同じである。

米軍用語集の「choices of maneuver」より、
The choices of offensive maneuver are envelopment, turning movement, infiltration, penetration, and frontal attack.

encirclementは攻撃機動ではない。一方、「包囲」は攻撃機動である。しかし「包囲」は現代では一般に"囲む"という意味で解される。



結論:防衛省は速やかに『軍事用語集』を出してください。



以下拍手レス

そうか、拍手コメントもコメント返しも拍手ボタン押さないと見れないのか・・・しらなんだ(汗

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