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ミリタリー | 趣味・実用 | 戦術 2014.12.31 (水)
「シャーマン戦車はパンターに劣るのか?」

ドイツ軍のパンター戦車はシャーマン戦車よりいくつかの技術的な点で優っている。低発光火薬、より強い砲、より強い装甲、より優れた照準器、より優れた沈下抵抗力、そしてより速く、より機動性が高い(注1)。

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パンターG型(ウィキペディア・コモンズ)


パンター戦車にかかわる本には、ティーガーはともかく、パンターでさえシャーマンは1対1となると歯が立たない、パンターを1両仕留める間にシャーマン4両ないし5両が犠牲なったと、シャーマンに対し手厳しい評価を下している(注2)。

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M4A1シャーマン(ウィキペディア・コモンズ)


しかし実際の戦闘がすべて技術的なもので決まるとはかぎらない。1940年のフランス戦でまさにドイツ軍がそれを証明している。本当にシャーマンがパンターを撃破するのに4-5両を必要としたのだろうか?


1944-5年西部戦線の戦車戦に関し、アメリカ軍による研究がある(注3)。Hardisonは、比較的戦車戦の多かった第3機甲師団と第4機甲師団の戦闘データから98戦例を抽出して分析した(注4)。これによれば、アメリカ軍が攻撃側でドイツ軍が防御側に立った場合の損害率は、米22.8%で独33.3%である。これが反対に、ドイツが攻撃側に回った場合には、独60.1%で米6.8%と、ドイツ側の高い損害率を示している。シャーマンとパンターの戦闘にかぎった場合でも、数字はほとんど変わらない。

両軍が会敵するとき、平均して、アメリカ軍は兵器9.1を有し、ドイツ軍は兵器3.7を有し、約2.5対1となっていた。シャーマンとパンターの関与する29戦例で見れば、シャーマンは1.2対1の数的優勢をもっていた。

86戦例のうち、6ケースでアメリカ軍側は全滅している。同じように、ドイツ軍では89例のうち41ケースで全滅した(とアメリカ軍は記録している)。3以下の兵器を使用した側は、81例のうち37例で全滅させられている。そして、3以上の兵器を使った91例の場合、全滅させられたのは10例に過ぎない。戦車戦は唐突に始まり、唐突に終わる。数が少なすぎると全滅させられ、数が多いと敗北をさとるやすぐに後退し、全滅にいたることが少なくなるのである。

上の方で示した数字は、防御側のほうが有利なことを示している。防御側はよい位置に就き、射撃の主導権を得やすい。もし防者の利点が射撃の主導権をにぎる公算が高いことにあるのだとしたら、攻者が初弾を放つことができる戦闘が低い損害となるのは驚くべきことではない。事実、統計では、攻者・防者問わず初弾を放った方が損害が少なく、次弾に甘んじた側の損害が高いことを示している。

Hardisonのレポートでは、特定の戦車による技術的優位が戦車戦の結果に影響をもたらしたと証明できていない。データが不足しているからである。統計では、パンターが防御に回ったときの有用性はシャーマンの1.1倍となり、逆の場合シャーマンの有用性は8.4倍にもなる。すべての記録を合わせると、シャーマンはパンターの3.6倍の有用性を誇った(注5)。ただ、これらは精密なデータではないし、実際の損害交換比率とは合っていない。

Hardisonのレポートは、次のように結論する。

a.敵兵器の位置を察知する、より速い方法を戦車兵に提供すること。そして、
b.標的を突き止めてから撃破するまでの時間を減らすこと

である。つまり、「先に発見し、先に攻撃し、先に命中弾を与える」ということだ(注6)。朝鮮戦争でのデータで、この原則にしたがった場合、戦車の戦闘効率は6倍にまでなり、攻撃時と比較して防御時のアメリカ戦車の有用性は3倍にまでなったという。


これまで見たように、"パンターを1両仕留める間にシャーマン4ないし5両が犠牲となった"などという伝説は、歴史的事実ではない(注7)。戦車戦の結果は、技術的なものよりも戦術的環境によって決定されていた。アメリカの戦車兵は、パンターの正面装甲が抜けにくく、逆にシャーマンは正面からでも撃破されてしまうことに恐怖を抱いていたが、実際の戦闘は正面から1対1で行われるものではない。状況はいかようにも起こり得る。西部戦線では、大規模な戦車戦はほとんど起こらず、それぞれ諸兵科連合部隊を運用した両軍は互いの手持ちの部隊の効力を最大限に発揮させて、相手を圧倒しようとした。

アメリカ軍の戦車兵が着実に戦闘経験を蓄積していったのと対照的に、ドイツ軍の戦車兵はノルマンディ戦以降、加速的に練度が低下していった。一般の戦車兵の技量は深刻なまでに悪化し、少数のエースが活躍しても有利な状況を作りだせなかった。ドイツ軍のシュラム少佐はのちにこう語っている、「アルデンヌ攻勢で空だけでなく機甲部隊でも敵が優越していることが明らかとなった」と(注8)。


わたしが何を言いたいかというと、シャーマン戦車を不必要に貶すのはやめてくだされということである。



注1 Jarymowycz, 265-266.
注2 白石光「『強敵』パンターに対する連合軍の評価と対応」『図説 パンター中戦車パーフェクトバイブル』125頁。
注3 下に紹介している。David C. Hardison, Data on World War II Tank Engagements: Involving the U.S. Third and Fourth Armored Divisions.
注4 第3機甲師団"スピアーヘッド"は、1941年4月15日に活性化。戦車と歩兵の比率が2対1の重機甲師団として運用された(重機甲師団は第2と第3のみ)。1944年6月、ノルマンディ戦に参加。7月コブラ作戦、9月ベルギーで戦闘、ジークフリート・ラインに達した最初のアメリカ師団となった。バルジの戦い、ドイツ国内戦にも参加。戦闘日数231日を数え、アメリカ機甲師団のなかで一番の損害を出した。
第4機甲師団は、1941年4月15日に活性化された。こちらは戦車と歩兵の比率が1対1の軽機甲師団である。1944年7月よりフランスでの戦闘に参加。公式の愛称がないが、古参兵たちは"パットンズ・ベスト"と自称した。師団は全期間パットンの第3軍に所属、パットンお気に入りの部隊とみなされ、しばしば攻勢作戦で先鋒をつとめた。コブラ作戦、バルジの戦い、ドイツ国内戦に参加。終戦時にはチェコスロバキア西部にまで進攻している。
注5 ザロガ、68頁。
注6 ザロガ、67頁。
注7 ザロガ、68頁。
注8 zaloga, 67.



パンターvsシャーマン バルジの戦い1944 (オスプレイ“対決”シリーズ)パンターvsシャーマン バルジの戦い1944 (オスプレイ“対決”シリーズ)
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Tank Tactics: From Normandy to Lorraine (Military History)Tank Tactics: From Normandy to Lorraine (Military History)
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